私の好きな/城戸ワイン・セイベル2009 ― 2010年05月16日 01時10分
今年も城戸ワイナリーから三種類のワインが届きました。セイベル・メルロー・ナイアガラブリュット。今日はそのなかからセイベルを開けてみました。

おなじみのラベル。さて、今年のセイベルはどんな出来でしょう。

食事も質素ですが、自分の好きなものを揃えました。プラウマンズ・ランチ風に火を通さないもの。
佐渡へんじんもっこのソーセージやレバーペースト、佐渡バター。そして粉と塩の芸術・楽童のパン・ド・カンパーニュ。

それからコロッケ。じゃがいもはちゃんと圧力鍋で蒸して玉ねぎは一時間炒めた。さすがにいつもより美味しくできた。

今年のセイベルは香りが強くうっとりするようなよい匂いです。清澄でキレの鋭い味。しかしとがったものではなくだからといって角の丸いものではありません。写真の友人がとあるレンズのシャープさについて「羊羹を切った角のような」という表現をしました。確かに見た目は鋭く切れているが、実際に触ると柔らかい、と言うことなのですが、まさにそういうことでしょうか。非常に快いエッジの立ったものです。おいしい。
こうしてワインの出来上がりを待つというのは、実に愉快なものです。僕は思い出の多い桔梗ヶ原で収穫された葡萄、桔梗ヶ原の空気の中で醸されたこのワインがとても好きです。

おなじみのラベル。さて、今年のセイベルはどんな出来でしょう。

食事も質素ですが、自分の好きなものを揃えました。プラウマンズ・ランチ風に火を通さないもの。
佐渡へんじんもっこのソーセージやレバーペースト、佐渡バター。そして粉と塩の芸術・楽童のパン・ド・カンパーニュ。

それからコロッケ。じゃがいもはちゃんと圧力鍋で蒸して玉ねぎは一時間炒めた。さすがにいつもより美味しくできた。

今年のセイベルは香りが強くうっとりするようなよい匂いです。清澄でキレの鋭い味。しかしとがったものではなくだからといって角の丸いものではありません。写真の友人がとあるレンズのシャープさについて「羊羹を切った角のような」という表現をしました。確かに見た目は鋭く切れているが、実際に触ると柔らかい、と言うことなのですが、まさにそういうことでしょうか。非常に快いエッジの立ったものです。おいしい。
こうしてワインの出来上がりを待つというのは、実に愉快なものです。僕は思い出の多い桔梗ヶ原で収穫された葡萄、桔梗ヶ原の空気の中で醸されたこのワインがとても好きです。
コビ15歳と1/3 ― 2010年05月17日 23時57分

黒ラブの老犬コビは今日15歳と1/3になりました。
じわじわと筋力が弱ってきてはいるものの、依然として食欲はあって、意識やはもちろん、年寄りくさいですが思考も清明です。
面白いことに、老人の認知症などでは、孫のことを最後まで認識しているなんてことがよくあるのですが、コビも娘のことがもっとも気になるようで、娘が帰宅すると眠っていても目を覚まし、首を上げて娘を見ます。わたしなんぞは、呼びかけたって面倒くさそうに耳を動かすくらいです。
身体は不自由になったものの、それなりに元気で生きています。次の節目は15歳と1/2で、7月17日ですが、さて、届きますかどうか。
岡山行者堂春季大祭(4) ― 2010年05月21日 13時42分
少し間が開いてしまいましたが、岡山行者堂春季大祭大護摩の続きです。
行者問答が終わると、今度は四方をぶった切るような「宝斧」、四方や中央に矢を放つ「宝弓」。やはり四方を切る「宝剣」の儀式があり、その後、なにやら偉い感じのお坊さんによって「願文」が読まれます。
まずは「宝斧」。中央や四方をズシンと断つ感じです。これを行う行者さんは声も大きくて迫力がありました。

いかにもご利益がありそうな迫力で素晴らしい。
次は「宝弓」。昔はもっと高く飛ばしたもので、それを拾いに、人が殺到したものです。今はさっぱり。飛ばすのも安全を考えてか、ちょろっとだけ。いろいろ現代的理由はあるのでしょうけれど、儀式なのですし遠慮なくやったら良いのになと思います。

弓を放つのは今回一番若い行者さんで動きもしなやかなのですが、もうちょっと活舌良く、ゆっくりと唱えてくれたら良いのになぁと思いました。惜しい。
弓の次は「宝剣」です。これもやはり四方と中央を切るようです。

こちらの行者さんも腹の底から響き渡る声で素晴らしい。この方の払いはさぞかしよく効くことでしょう。
護摩木に点火前最後の儀式。偉いお坊さんによって願文が読まれます。なんとも呪術的な光景です。

こうやって、いよいよ護摩木への点火となります。
行者問答が終わると、今度は四方をぶった切るような「宝斧」、四方や中央に矢を放つ「宝弓」。やはり四方を切る「宝剣」の儀式があり、その後、なにやら偉い感じのお坊さんによって「願文」が読まれます。
まずは「宝斧」。中央や四方をズシンと断つ感じです。これを行う行者さんは声も大きくて迫力がありました。

いかにもご利益がありそうな迫力で素晴らしい。
次は「宝弓」。昔はもっと高く飛ばしたもので、それを拾いに、人が殺到したものです。今はさっぱり。飛ばすのも安全を考えてか、ちょろっとだけ。いろいろ現代的理由はあるのでしょうけれど、儀式なのですし遠慮なくやったら良いのになと思います。

弓を放つのは今回一番若い行者さんで動きもしなやかなのですが、もうちょっと活舌良く、ゆっくりと唱えてくれたら良いのになぁと思いました。惜しい。
弓の次は「宝剣」です。これもやはり四方と中央を切るようです。

こちらの行者さんも腹の底から響き渡る声で素晴らしい。この方の払いはさぞかしよく効くことでしょう。
護摩木に点火前最後の儀式。偉いお坊さんによって願文が読まれます。なんとも呪術的な光景です。

こうやって、いよいよ護摩木への点火となります。
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