冬の金沢逍遥【22】【完】2011年04月29日 00時00分

 楽しかった散策も終わり、帰途につくことにします。帰りは韋駄天のサンダーバードではなく、クラシックな特急の雷鳥号で帰ります。



 まもなく廃止されてしまう雷鳥号。どうして伝統のある名前をあっさりと捨ててしまえるのか理解に苦しみます。ロンドン~エディンバラを結ぶ急行「フライング・スコッツマン」などは1862年の登場以来ずっと、きっかり10:00にキングズクロスを出発しています。この彼我の差はやはり民度の差なんでしょうか?。
 この春より九州からはるばる大阪にやってくるようになった新幹線列車はそれぞれ「さくら号」と「みずほ号」になりました。もともとの運行区間とは違いますが、昔の特急の名前が復活したのは嬉しいことです。しかし、本当のところを言えば「つばめ号」にしてほしかったですね。

 プラットホームに行くとちょうど雷鳥94号が入線してくるところでした。撮影する人の多いこと多いこと。この雷鳥、大阪方の先頭車にはヘッドマークがありませんから、最後尾車両に人が群がっています。



 先頭車両はパノラマグリーン車。帰りはこれで帰ります。



 雷鳥94号は定刻通りに出発。まだ暮れては居ない北陸路を走ってゆきます。サンダーバードとは違い多くの駅に止まりますが、どの駅にも乗降客はあまり居ません。サンダーバードの停まらない駅は特急の停まらない駅とされてしまっているのでしょう。松任、小松、加賀温泉、芦原温泉、鯖江、武生、敦賀と、停まるべきところに停まってゆきます。

 敦賀の手前だと思うのですが、交流/直流切り替えのための無電流区間がありました。古い特急ゆえ、電源は落ちて非常灯だけになります。



 かなり暗いですね。

 雷鳥号はこのあと、湖西線強風のために北小松~近江舞子間で速度制限にひっかかり、9分の遅れで大阪駅に到着しました。出発から到着まで、先頭車両には幼い子供連れたひとが入れ替わり立ち代わり記念写真を撮りに訪れます。乗客も乗務員も、その意味が分かっているのか誰も文句を言わず、名残惜しさを分かち合っていました。

 雷鳥号は2011年3月11日に最後の運行を終えましたが、この日は東日本大震災の日。長らく北陸を走り抜けた特急はその大混乱の中でひっそりと引退したのでした。

 


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 稀代の散歩者石清水ゲイリー氏の足跡をたどり、また気まぐれに歩いた金沢旅行記。長々と引っ張りましたが、これにて【完】